早く夏が終わってほしいと思うと同時に終わる頃にはこの台風という季節がやってきてしまいます。
昭和34年9月26日土曜日に紀伊半島に上陸し三重、愛知を中心に被害が大変多かった台風です。
昭和三代台風
台風被害としては最も最悪の被害をもたらしたといわれています。
当時の話を両親に聞いた事があります。
いつものようにまた来ないわ、寝ておきたらいつものように通り過ぎている。と誰もが思っていたらしいです。
名古屋で被害が特に大きかったのは港区、南区、弥富市、飛島。ここは名古屋港、海に近かったという事が大きい事と海抜0メートル地帯。高潮とかさなり大洪水。しかも夜中。この辺りは今でもあるんですが貯木場があり大きな材木が流れ、家を破壊したと聞きました。
親父の家は2階建だったんですが1階はまるっと水に浸かってしまったらしいです。
無惨だった。と言っていました。
そんなわたくし約20年後に生まれました。
小学生の時にこんな出来事がありました。
その日は暴風雨警報。
朝、みんなで集まって学校へ行くのですが学校があるのか休みなのか、なんとなく分からなく外へ出たのですがやはりみんなも同じで集まってきました。
誰かの母ちゃんが学校へ連絡したところ各自お家で家庭学習との事。
解散‼️
雨も降ってない。風もなんとなく強め。
まさに嵐の前の静けさでした。
ただ無能なぼくは帰らず外で友達2人と遊んでしまいました。
時代は昭和。当然どこで見ているのかすぐに近所のおっちゃんが登場するわけです。
ばーろー!何やってんだー!遊ぶために学校がないんじゃねーんだ。休みじゃねーんだ、家で勉強だ!ばーろー。となる訳なんです。
当然、口をとんがらかして帰るんです。口答えは絶対できないですが心の中でブツクサ。
今考えると自分がおこなった事がとてもはずかしい。
と同時に良き思い出。
私は褒められた事よりも怒られた事のほうが鮮明に覚えている。
そのおじさんも一生懸命、怒ってくれた訳ですからそーとーパワーを使ったはず。
ありがとね、おっちゃん。
やはり、怒られる事や指摘は、
良い悪いはちょっとおいといて、怒られた事に対して色々考える事ができる、今だにこうやって考えるんですから自分にとっては良かったです。
褒めて伸ばす、これは大事です。
欠点を指摘する。これははさらに伸びると思うんです。
自分の固定概念以外の知識を教えてもらえると理解すれば。
怒ってもらえる事はありがたい事でもあります。
褒めてもらえる事はやる気になります。
それができない超小心者のわたくしでした。